昨今の日本の気候は、相変わらず 人の気も知らないでという混乱ぷりで。
冬中ずっと暖かだったり、そうかと思えば
桜の便りを握りつぶさんという大きな寒波が戻ってきたり。
春先はそういうものと言いはするが、今年は特にその落差が大きくて、
初夏並みの気温をたたき出したすぐ後に みぞれが降りしきった凄まじさ。
なので、春といえどもなかなか華やいだ いでたちは出来ないのもまた困りもの。
ファッションは時に我慢だなんて、どの世代のリーダー様も仰せだけれど、
花より実を取る派は そんなやせ我慢して風邪でも拾ったらどうするかと言わんばかり、
日のあるうちはともかく、帰りが遅いからとまだまだ外套もどきを手放せないでいたりする。
「……う〜。」
ふかふかな寝具に埋もれ、
清潔でやさしい肌触りのするカバーが掛けられた毛布にくるまれて、
それは心地のいいまま ふわりと意識が浮かび上がる。
そろそろ誰かとくっついたりするとちょっと暑苦しいなと感じることもあるほどに、
気温も上がって来つつあったけど。
朝のうちはまだ少し、肌を晒すとうすら寒く感じるような日もあって。
あの孤児院に居たころは
寒いなんてもんじゃあない、触れてる端から凍るような石敷きの地下牢や、
家畜をつないでおくような あばら家小屋なんぞに
鎖でつながれて寝かされもしていたのになぁと。
随分と過酷だったことをぼんやりと思い出しつつ、
それと真逆の天国みたいな居心地の良さにとろとろまどろんでおれば。
寝間着越しに触れていた何かがするりと動いてごそごそし、
軽く寝台が揺れてののちに、
二の腕から背へ腕を回され、柔らかく抱きすくめられた。
「おはようさん。」
「…おはようございます。////////」
普段はそれは伸びやかなのに、低められると蠱惑を満たして艶っぽい。
これぞ男の色香というものか、
微妙になまめかしい そんなお声で間近から囁かれて、たちまち耳まで赤くなる敦で。
“そうでした。//////”
急な非番の前日だったのどうやって知ったやら、
退社した探偵社社屋のご近所まで愛車を乗り付け
通りかかった虎の子くんをそれは小粋に呼び止めて掻っ攫ったマフィアの幹部様。
手料理でのねぎらいになだれ込むのは…さすがに急だったため準備までは間に合わなかったか
またの機会にとあっさり見切り、
ここ最近で一番の掘り出しものだったタンシチューを食わせるグリルへといざなうと、
品のいい濃厚デミグラスソースでようよう煮込まれた牛タンがほろほろほどける
絶品ビーフシチューを堪能してののち、
こちらのセーフハウスへ招かれたのであり。
ちょっとほど直には会えなかったこともあって、
最初の方こそ含羞みつつの応対になってしまったが、
豊富な話題にほだされて、気が付けば懐に迎え入れられての、
耳元で囁かれる口説き文句にとろかされ……
“…いつの間に寝たのか覚えてないよぉ。”
うわどうしよう。もしかして中也さん置いてけぼりにしたのかなぁ。
深夜はダメダメなお子様だと笑われてるのかなぁ。
夜詰めの監視とかちゃんとこなしているのになぁ、何でだろ…などなどと、
朝っぱらから混乱しつつ、そろりと視線を上げれば
何やらにやにや笑う美形様がこちらを見やっておいで。
何か企んでいるというよりも、ちょっぴり悪戯っぽい笑みには柔らかな稚気がにじんでおり。
マフィアの幹部様、悪辣非道なおっかないお顔だって出来るのだろうに、
今は愛しい虎の子を前に、どう甘やかしてやろうかと構えているのがありありしている。
楽しそうな謀りごとを思いついた、一枚のらないかと言いたげな気配がいかにも楽しげ。
「…なんですよぉ。///////」
凝視に照れて掛け布を手繰り寄せた敦少年、
そこへと頬を埋めれば、ふわりと清涼な香りがする。
杏みたいな甘さと、瑞々しくも華やかな花束のような匂いとがバランスよく掛け合わされた香りは、
日頃の中也の衣類からも香るので、彼のお気に入りの柔軟剤か何かなのだろう。
顔を押し付けモゾモゾしておれば、何だよせっかくのかわいいお顔を隠すなよとつむじをつつかれ、
くすぐったくって見上げ直す流れなぞ、すっかりと恋人同士の睦み合い。
「中也さんっていい匂いしますよね。」
「んん?そうか?」
枕や掛布からも清涼で甘い匂いはするけれど、
甘い香りは決して むせ返るほどではなく、
それでも 意識して追わずとも“ああいい匂いだな”と判る、何とも印象的なそれであり。
「香水の匂い、だけですか?」
「だと思うがなぁ。」
本当に覚えがないものかキョトンとするお顔は素の表情しか浮かんではおらず。
「敦は鼻が利くから、いやな匂いは嗅ぎたくなかろうよ。」
「へへ。///////」
“気配り、嬉しいvv”
与謝野さんから聞いたことがある。
血の匂いを誤魔化したいなら柑橘系が手っ取り早いって。
最初の頃はどっちかっていうと杏みたいな匂いとかだったのが、
最近はオレンジの匂いの方が強くなってるのも、そういうのご存知なせいかなぁ?
それに、親しさが増して間近へ寄るようになって気付いたのは、
そうなってもきつすぎると感じないでいられることの裏書きで。
“虎の鼻のこと、ようよう考えてくれてるんだなぁ。”
血なまぐささが嫌だからという以上に、強烈すぎればどんな芳香も害毒と思ってだろう、
嗜みとしてと言いつつ、そのトワレの香り自体も控えてくれているのが判る。
煙草に手を伸ばさないところとか、
本当に甘やかされてるなぁとうっとりする敦であり、
「んん?どした?」
微熱に浮かされたみたいに見惚れておれば、元気ないぞとのお声掛けが降って来て。
ありゃりゃあと我に返った虎の子くん。
「でも、それだけじゃあない暖かい匂いですよね。」
誤魔化し半分に訊いてみた。
「前に同じのお店で見かけたんですけど、嗅がせてもらったら微妙に違いましたもの。」
「ああそれな。」
香水は つけた人自身の体臭や体温や何やで微妙に変化するそうで。
「俺の場合平熱が少し高いらしいから、それもあんのかもなぁ。」
さらりと言ってにししと笑う。
澄まして博識ひけらかすではなく、どうだよく知ってるだろと持ってゆくところもカッコいい。
しかも中也の場合、ただただ男らしくってかっこいいだけにとどまらず、
「敦は可愛いだけじゃあなく、もふもふでも癒されっからなぁ。」
ほれ、ギュウしてみなと誘うように言ってくれるのは、
時折突発的に甘えかかりたくなるものの、
抱き込む側になっちゃうと、
こっちが微妙に大きいの 兄様が気にしやしないかと尻込みするのをちゃんと把握してのこと。
身長差を気にすんなとそのまま言ってはますますと遠慮がつのろうからと、
こういう風に持ってってくれるところがまた
“嬉しいなぁ…vv”
そうなんだって気が付いたのが
何度かやらかしてからだったという自分の暢気さも恥ずかしかったけど。
虎の毛並みを出しつつ懐にお迎えすれば、
「うんうん、気持ちいいなぁ♪」
至極 嬉しそうに笑ってくれるのがこっちも嬉しいったらなくて。
ついついぎゅぅうッと抱きしめてしまう敦くんだったりするのであった。
……締めすぎないようにね。
暖かくなるのは嬉しいけれど、
こうやってくっついてるのが若しかせずとも苦になるだろうというのは寂しいなぁ。
「なんの、だったらエアコン使やぁいいだけだ。」
「っ、もうもうそういうとこっ!!」
お後がよろしいようで…vv
〜 Fine 〜 20.04.24.
*体脂肪率が低い人は体温が高いそうで、
中也さんもきっと体脂肪率は一桁近かろうから
平熱高いんじゃないかなと思いました。
でもって、高めだからこそ寒がりでもあったらいいなぁとvv
なんか理屈が変ですかね。
太ってる人は脂肪の襦袢着ているせいか、寒いの強いじゃないですか。
私もちょっとその傾向があるかもだし…。(笑)
あと、敦くんの虎の毛皮に関しては、
あの青鯖野郎には一生触れられねぇってのも特別感増し増しでいいねぇなんて、
実は腹の底でほくそ笑んでるんでしょうな。(そこはマフィアですきに・笑)

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